プリンセッション・オーケストラ第43話感想|積み重ねなき到達点―思索を欠いたまま迎えた帰結

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プリオケ第43話「王」は、物語が終盤に差しかかった今こそ、これまでの積み重ねが問われる回でした。

とりわけ23話で交わされた「覚えおいてくれないか」という言葉が、どのように受け取られてきたのかが試される局面だったと言えます。

しかし実際に描かれたのは、理解の深化ではなく、「何も分からない」という思考停止でした。

この瞬間、これまで育っているはずだと思っていた「理解の芽」が、そもそも芽吹いてすらいなかったことが明らかになったのです。

本記事では、その経緯を23話からの連続性という観点で検証していきます。

前提宣言|本記事の立場について

本記事は第43話の出来不出来を単体で論じる感想ではありません。

あくまで23話から続いてきた流れを踏まえ、その連続性がどのように帰結したのかを検証するための文章です。

ここで扱うのは一話の演出やテンポではなく、物語の積み重ねそのものです。

43話単体では語らないということ

第43話「王」には、印象的な場面や象徴的な台詞がいくつもありました。

しかし本記事の主目的は、それらをひとつひとつ評価することではありません。

重要なのは、この回がそれまでの物語をどのように引き受けていたのか、あるいは引き受けていなかったのか、という点です。

終盤に差しかかった物語においては、各話はもはや独立したエピソードではありません。

過去に置かれた言葉や出来事が、どのように現在へと接続されているのかが問われます。

その意味で43話は、単体ではなく「経過の結果」として見る必要があると考えています。

検証の起点は23話にある

本記事の起点は23話です。

あの回で交わされた「覚えていてくれないか」という言葉は、単なる感傷的なやりとりではなく、今後の物語に対するひとつの約束のように受け取れました。

少なくとも私たち視聴者に向けて、そこから何らかの思索や理解が積み重ねられていく可能性が示唆されていたはずです。

したがって本稿では、43話を評価する際にも、その約束がどのように扱われたのかを基準にします。

23話から43話までのあいだに、理解は育っていたのか。

それとも、育っているように見えていただけだったのか。

そこを丁寧に確認していきます。

本記事の結論の方向性

あらかじめ述べておくと、本記事の結論は「43話で物語が崩壊した」というものではありません。

むしろ、これまで積み重ねられていると考えていたものが、実は成立していなかったことが明らかになった、という認識に近いものです。

言い換えれば、本記事は断罪のための文章ではなく、確認のための文章です。

期待を抱かせた物語が、その期待を本当に成立させていたのかどうか。

その一点を、23話からの連続性という観点から検証していきます。

43話は「信念の対峙回」のはずだった

第43話は、物語終盤における信念の総括回として位置づけられるはずでした。

赤の女王はすでに消え去り、白の女王も舞台から姿を消した今、プリンセスたちの前に立ちはだかるのはバンド・スナッチと、その背後に現れる「王」――ナビーユという存在です。

この構図だけでも、これまでの価値観や行動原理がどのように積み重なり、対比として描かれるのかが試される場面であることが分かります。

本来なら、ここはみなもたちがこれまでの経験や教訓を咀嚼し、バンド・スナッチの行動原理を理解する局面であるべきでした。

赤と白の女王という象徴的な存在が去った空白を背景に、残された信念や理念がどのように受け継がれ、あるいは衝突するのかを描くことで、物語全体の整合性が確認できる回になるはずだったのです。

バンド・スナッチは単なる敵ではなく、自己の信念に基づき行動する存在です。

その行動はプリンセスたちの価値観と比較されることで、物語の核心を浮き彫りにする契機となるはずでした。

同時に、この回で問われるべき問いは明確です。

主人公はこれまでの出来事をどう受け止め、何を語るのか

この問いに対する答えが描かれなければ、信念と行動原理の対比は成立せず、物語の構造的な総括も不十分になります。

43話はその意味で、単なる戦闘や演出の場面ではなく、物語全体の信念的な集約回として期待されていたのです。

23話の「覚えておいてくれないか」は何だったのか

第23話は、単なる敵対の決着回ではありませんでした。

それはバンド・スナッチ側の物語が閉じる瞬間であり、同時に主人公側へ「問い」が手渡される場面でもありました。

あの台詞が意味していたものを整理しなければ、43話の違和感は説明できません。

消滅直前の言葉が持っていた重さ

カリストの言葉は、勝敗が決したあと、バンド・スナッチがミューチカラとなって赤の女王のもとへ還る――つまり存在を終える直前の言葉です。

許してもらおうとは思わないし、分かってほしいとも言わない。ただ、覚えておいてくれないか。僕たちのしてきたことを

引用元:『プリンセッション・オーケストラ』第23話

ここで彼は、弁明を拒否しています。理解の強要もしていません。

それでもなお「覚えていてくれ」と言う。

これは、感情的な未練ではありません。

これは時間を越えて思考されることを前提にした言葉です。

それは「記録」ではなく「思索」の要請だった

重要なのはここです。

あの台詞は「忘れないで」という追悼のお願いではありません。

ましてや「僕たち可哀想だったでしょ」というお涙頂戴でもありません。

あれは明確に「僕たちの言動を反芻し、自分の頭で考えてほしい」という依頼でした。

しかもカリストは続けます。

いずれ君たちは知るときが来るだろう――その意味を

引用元:『プリンセッション・オーケストラ』第23話

これは「いつか分かるよ」という予言ではありません。

「いつか知る状況に立つ」という示唆です。

つまり彼は、「そのとき、君たちはどうするのか?」という未完の問いを残したのです。

これは言い訳ではありません。

むしろ説明を拒絶することで、問いの純度を上げている。

説明してしまえば、それは「答え」になります。

説明しないことで、それは「課題」になる。

主人公へ渡された役割

つまり、カリストはこう言っているに等しいのです。

無理に理解しなくていい。
だが、僕たちの言動を覚え、反芻し、自分で考えてほしい。
その真意に辿り着いたとき、君たちはどうする?

これは「和解の約束」ではありません。

「赦しの要求」でもありません。

これは、主人公に「問いを持つ役割」を渡す場面です。

敵が主人公に残す最後の贈り物が、信念でも答えでもなく「考え続ける義務」だった。

だからこそ重かった。

プリンセスたちの応答の意味

カリストの願いに対して、プリンセスたちは答えます。

「あなたたちの行為は今でも正しいとは思えない」「理解も許しもできる気がしない」「それでも忘れない」と。

これは誠実な返答です。

少なくとも23話の時点では。

なぜなら彼女たちは、「考えることを拒否する」とは言っていないからです。

理解はできない。赦せない。だが、忘れない。

忘れないということは、いつか思い出し、考え直す余地を残すということです。

あの瞬間、物語は閉じることなく、むしろ「未来への対話」が仕込まれたのです。

だからこそ43話は重い

そして43話。

もしみなもたちが、バンド・スナッチのことを反芻せず、問いを保持していないのだとすれば――

23話で渡されたものは、受け取られていなかったことになります。

言ってたんですけどね。「忘れない」と。

それが単なる情報的な記憶で、思索に変換されていなかったとしたら。

それは解釈の相違ではなく、物語構造の断絶です。

だからこそ私たちは衝撃を受ける。

あの「遺言」が、ただのその場限りの演出として消費されてしまった可能性に。

43話で露呈した「問いの不在」

43話は、過去を無視した回ではありません。

23話の対話は回想され、言葉そのものも参照されています。

それにもかかわらず強い違和感が残るのは、描写の不足ではなく、より根本的な問題が明らかになったからです。

ここで露呈したのは、忘却ではなく――問いの不在でした。

問題の台詞はどこにあるのか

問題の場面は敗北後です。

変身解除まで追い詰められ地面に倒れたみなもが、身を起こしながらカリストに問います。

あなたたちは、言いました。あなたたちの行動の意味を、いずれわたしたちは知ることになるって……

引用元:『プリンセッション・オーケストラ』第43話

ここまではいい。

しかし続く言葉が決定的です。

でも! 分からない! 分からないんですよ! もう赤の女王も、白の女王もいないのに、あなたたちは何をやってるんですか!

引用元:『プリンセッション・オーケストラ』第43話

は????????????

推測可能な構造

24話以降、白の女王編の終結までを踏まえれば、プリンセスたちが保持している情報のみでも、バンド・スナッチの行動原理はある程度整理できます。

  • 彼らは赤の女王に仕えていた
  • ふたりの女王は「災い」に対抗しようとしていた
  • 女王たちを倒したのはプリンセス側である

この前提に立てば、復活した彼らがなお敵対する理由は、推測可能です。

  • 「災い」が未解決である
  • 主君と対抗勢力が消えた
  • ならば主君の遺志を継ぐしかない

この推論は飛躍ではありません。

正解とは限りませんが、少なくとも「何をやっているのか全く分からない」という状態にはならないはずです。

何も考えていなかった

43話では23話の回想はあります。

つまり、脚本上は過去を無視していない。

また、災いについても依然解決しておらず、脚本上に存在し続けています。

にもかかわらず、みなもの発言には、

  • 災いを前提に再構築した形跡
  • 女王たちの動機を再評価した痕跡
  • 自分たちの勝利がもたらした影響を検討した痕跡

が見えない。

「分からない」という言葉の前に、仮説や葛藤の痕跡が存在しないのです。

もし問いを抱え続けていたなら、結論に辿り着けなくても、

  • もしかして災いが理由なのか
  • 私たちが女王を倒した影響なのか
  • 女王の遺志が関係しているのか

といった思考の揺らぎが滲むはずです。

しかし描かれたのは、ゼロ地点からの困惑でした。

忘却ではなく「不在」

これは記憶の問題ではありません。

事実は知っている。対話も覚えている。設定も提示されている。

それでも統合されていない。

ここで言えるのは、記憶は存在したが、思考の持続は存在しなかった。という状態です。

より正確に言えば、問いを引き受けた形跡が見えない。

23話で渡されたのは、答えではなく課題でした。

それを内部に持ち続けていたなら、43話の問い方は変わっていたはずです。

しかし実際に示されたのは、課題に向き合った者の発言ではありませんでした。

構造的断絶

ここで起きているのは、成長の遅さではありません。

描写の省略でもありません。

23話から続いているはずだった「思索の線」が、43話に接続していないのです。

その結果として露呈したのが、問いの不在です。

43話で物語が崩壊したということではありません。

ただ、23話で埋め込まれたはずの種子が腐ってしまっていことの証明ではあります。

21話との断絶

43話の問題をより明確にするためには、物語をさらに遡る必要があります。

それが第21話です。

ここでみなも(リップル)は、すでに重要な発言をしています。

21話の到達点

21話のラストで彼女はこう言います。

あの人たちなりの正しさはあるのかもしれない。でも、それはやっぱり誰かを悲しい思いにさせるよ

引用元:『プリンセッション・オーケストラ』第21話

この発言を分解すると以下のようになります。

  1. 相手にも正しさがある可能性を認める
  2. しかし結果の観点から否定する
  3. 動機と帰結を切り分けて評価する

これは感情的拒絶ではありません。

行動原理の理解を前提にした批判です。

23話の「遺言」との接続

この21話の地点は、23話と自然につながります。

  • 相手にも正しさがあるかもしれない
  • ならばその意味を考え続ける
  • いずれその意味を知る時が来る

この流れは一貫している。

だからこそ私たち視聴者は、23話の「覚えていてくれ」を、みなもが引き受けると理解した。

21話ですでにその素地が描かれていたからです。

43話との断絶

しかし43話では、「何をやっているんですか!」という理解以前の問いに戻ってしまう。

ここには、

  • 相手なりの正しさの仮定
  • 動機の再評価
  • 結果との比較

が存在しない。

21話で到達していた地点よりも、思考の位置が後退している。

つまり問題は、問いを引き受けなかったことにとどまりません。

一度到達していた思考の水準が保持されていない。

ここに断絶があります。

成長の線が消えるとき

物語における成長は、新しい地点に到達することだけではありません。

到達した地点を保持し続けることも重要です。

21話で得た視座。23話で託された問い。それらが43話で統合されていない。

このとき生じるのが、「描写不足」では説明できない違和感です。

それはキャラクターの変質ではなく、内部時間の連続性の断絶です。

「混乱していた」では説明できない

43話のみなもの発言について、擁護的な解釈は可能です。

過去の亡霊に打ちのめされた直後であるため、精神的なショックと得体の知れなさによって滅茶苦茶なことを言ってしまった、と読むことはできるでしょう。

しかし、その説明では解消しない点があります。

パニックなら何が起こるか

仮に純粋な混乱状態であれば、

  • 論点が散らかる
  • 過去の発言を正確に参照できない
  • 感情が前面に出る

という形になるはずです。

たとえば、「分からない!どうしてこんなことに!」

という叫びであれば、構造的問題は生じません。

そこには論理的整合性は要求されず、感情の爆発として受け止められるからです。

しかし実際はどうか

実際のみなもの発言は、

  1. 23話の台詞を持ち出す
  2. 「いずれ知ることになる」という部分を正確に引用する
  3. その意味を問い直そうとする

という構造を持っています。

これは混乱した言葉ではありません。

論点を明確に選択している。

つまり彼女は、23話を参照するだけの整理された意識状態にあるのです

参照した瞬間に発生する責任

23話を持ち出した瞬間、問いは自動的に「意味の検討」に接続されます。

あの台詞は、

  • 行動の意味を考えること
  • 未来の局面で再解釈すること

を前提にしていた。

ならば43話は、その再解釈の場面のはずです。

しかし実際には、

  • 災いに接続しない
  • 女王の遺志に接続しない
  • 自分たちの行為の帰結に接続しない

つまり、参照したにもかかわらず、思考が展開しない。

これは混乱とは別の問題です。

「混乱説」が成立しない理由

もし23話を持ち出さなければ、この場面は単なる動揺で済みます。

「赤の女王も白の女王もいないのに何をしているんですか!」

だけなら、感情的発言として処理できる。

しかし、「あなたたちは言いましたよね」と付け加えたことで、この発言は過去との接続を自ら宣言している。

それにもかかわらず、思考が展開されない。

だから「ショックでおかしなことを言った」とは読めないのです。

まとめ|積み重ねなき主人公の空洞

34話では、みなもが23話のカリストの言葉を思い返す描写がありましたが、それはあくまで過去の再放送であり、彼女の内面で咀嚼されたものではありませんでした。

敵の行動原理や動機を理解するための思索は行われず、視聴者が「プリンセスたちは理解できているのか?」と疑問を持つ状態に留まります。

この乖離が、主人公の空洞化を強く印象づける要因となっています。

本来、34話は23話で提示された問いを軸に展開されるべきでした。

19話~21話、24話以降での敵の行動や発言を参照し、主人公が自らの経験と照らし合わせて答えを模索していたことが分かる発言があれば、納得感が生まれたはずです。

しかし34話では、その描写がほぼ欠落しており、プリンセスたちの反応は「混乱していた」や「感情的な驚き」だけで済まされてしまっています。

期待していた心理的な成長が描かれないまま回が進んでしまったことが、残念で仕方ありません。

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