ゴーストコンサート第4話感想|トンチキの極地、そっち!? で全てが終わる回

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『ゴーストコンサート』第4話では、芹亜と瑠衣が任務の一環で大奥入りします。

春日局が支配する江戸城大奥および周辺領域では武力行使が不可能。

したがって、訪霊界の攻略を進めるためには彼女が提示した条件――TERAが用意した女性が徳川家光から床入りの指名を取ればこの地を明け渡す――を達成する必要がありました。

仲間のグレートゴーストや瑠衣の助力、そして芹亜の歴史知識を生かした地道な努力の甲斐あって、ついに家光から指名されますが……。

今回はシリーズ初の「歌で解決しない回」であり、その代わりにとんでもない方法で全てが片付けられます。

当記事では、ツッコミどころを拾いつつ、このトンチキな展開の裏にある構造について掘り下げていきます。

小姓乱入で全てを持っていったクライマックス

最初から「家光に指名されるまで」という約束を反故にするつもりだったのでしょう。

春日局は「ぜひお部屋様となってください」――つまりは世継ぎを産め、と強引に芹亜を寝所に送り込みます。

「上様には逆らえない」という強制力のせいで体の自由が利かない芹亜。

そして「参る!」と勇んで襦袢をはだける家光。参る!じゃねーよ。

その瞬間、「待たれよ!」の一声とともに現れたのは謎のイケメン小姓でした。

愛の逃避行?

「その者、お渡し願う!」と颯爽と差し出される手に、トゥンク……とときめく家光と芹亜。

ここまではまだ分かる。いやよく分かんないですけど。

問題はその次です。

頷いた小姓が掴んだのは――家光の手だったのです。

そっち!?

駆け落ちめいて連れ出される家光を、なぜか芹亜が追うことに。

小姓にかつて愛した男たちを重ねて感極まった家光は、「参る……♡」と恍惚とした声を漏らし――

小姓の悲鳴とともに暗転。

一体何を見せられているんだ 。

  • 徳川家光
  • 春日局

小姓の正体

そしてなんやかんやで江戸城は消滅し、エリア制圧は完了。ナンデ?

寺の縁側で任務の一部始終を聞いたみんなは、芹亜の無事を喜び、小姓は何者だったのかと不思議がります。

その日の夜、芹亜は書庫で古い卒業アルバムを見ていました。

そこに載っていた若かりし頃の雪庭は、あの小姓にそっくりだったのです。

雪庭さん大丈夫だったのかなあ。何がとは言わんが。

なぜ江戸城大奥は消滅したのか

なんだかよく分からないままミッションコンプリートとなりましたが、ここまでの流れを整理すると、今回の話は意外とシンプルです。

死してなお家光の世継に執着する春日局は、TERAを利用するために交渉に応じます。

「指名されるまで」という条件はただの口実で、最初から床入りを強制するつもりだったのです。

「先っちょだけだから」が本当に先っちょだけなわけありません。

しかしその最中、謎のイケメン小姓が乱入。

家光の心はそちらに奪われ、計画は完全に崩壊します。

さらに、芹亜が提示した条件を満たしている以上、約束に従って当該エリアから退去しなければなりません。

つまり春日局は、自分がついた嘘のせいで領地を放棄することになったのです。

重さすらギャグに飲み込む|トンチキの構造

ここまでの展開を見ていると、第4話はただのネタ回に見えるかもしれません。いやネタ回ですけども。

しかし実際には、この作品の特徴がかなり極端な形で表れている回でもあります。

それは、どんなに重い要素でも、最終的に勢いで処理されるという点です。

瑠衣の過去

今回明かされた瑠衣の過去も、内容だけ見ればかなり重いものです。

地図にも載らない離島の因習村。

生贄として売られ、肉体改造を施され、無数の霊に取り憑かれて暴走。

そして密教集団による討伐。

どう考えてもシリアス一辺倒で描かれるべき設定ですが、問題はその組み合わせ。

2040年(本編の5年前)の日本に存在する、バフォメット信仰の中世だか近世だかよく分からんヨーロッパ風の因習村――

ツッコミどころがあまりにも多すぎて、悲惨さより先に「何を見せられているんだ?」が来る。

遊戯王5D’sのクラッシュタウンと同じ匂いがする……。

つまり本作は、ギャグだけでなくシリアスですらトンチキになり得る構造をしているのです。

第4話はその両方が同時に出力された回だったと言えるでしょう。

トンチキの正体

今回だけでも、

  • 瑠衣の過去(生贄・肉体改造・多数の霊に憑依)
  • 大奥という閉鎖的な権力構造
  • 春日局の執念(死してなお世継を求める)

と、本来ならそれぞれ一本のエピソードになり得るほどの要素が詰め込まれています。

だが本作は、それらを丁寧に掘り下げることはしません。

瑠衣の過去は短い説明で流され、大奥はコメディの舞台装置として機能し、春日局の計画は小姓乱入という一撃で崩壊する。

そして最終的には、「当初の条件を満たしたので任務完了」という形で、すべてが片付けられてしまいました。

この過程の省略こそが、本作のトンチキさの正体でしょう。

ショートカットされた物語

通常なら、

  • 感情の積み重ね
  • 問題の解決プロセス
  • キャラクター同士の関係変化

といった段階を経て結末に至るはずです。

しかし『ゴーストコンサート』は、そのほとんどをショートカットします。

必要なのは、筋の通った過程ではなく、「終わったことにできる結果」だけなのです。

第3話の時点で、本作は重要な要素をハイコンテクストに処理していると感じていました。

つまり「意味はあるが説明が省略されている」状態です。

しかし第4話はさらに一歩進んでいます。

もはや説明が足りないのではなく、説明そのものを放棄しています。

必要な過程はすべて省略され、結果だけが提示される。

だからこそ展開は支離滅裂になり、トンチキさが一気に表面化する。

言い換えれば、第3話が「圧縮された物語」だとすれば、第4話は「ショートカットされた物語」なのです。

まとめ|トンチキの極地、それでも成立する回

第4話は、イケメン小姓の乱入で全てがひっくり返るトンチキの極地でした。

春日局の計画は崩壊し、しかも自分の出した条件によって領地を手放すという皮肉な結末に至ります。

筋は通っているものの、過程は徹底してすっ飛ばされる。

さらに今回は、大奥だけでなく瑠衣の過去に至るまで、シリアスすらトンチキに変換されていました。

雑で、強引で、意味も分からない。

それでも成立してしまう――それがこの作品の魅力であり、第4話はその性質が最も露出した一話だったと言えるでしょう。

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